2017年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

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สวัสดีปีใหม่ครับ(サワディーピーマイカップ)

新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年の大みそかは一昨年に引き続き、Netflixで映画を見つつ1人さびしく過ごしました。

年越しとともに鑑賞していた映画はミッション・インポッシブル〜ゴースト・プロトコルでした。

とりあえず新年を迎えまして、いつもの就寝時間となり、ひと眠りしたわけですが、

しかしあまりにも大みそかやお正月らしいことを何もしていない自分が虚しくなってきましたので、自宅のコンドから数km先にあるチャオプラヤ川に初日の出を見に出かけて来ました。

調べてみると、バンコクの日の出は午前6時40分とのこと。

5時に出発し、まだ暗いうちに現地に到着することができました。

予報どおり、午前6時30分ちかくには周囲は明るくなっていたのですが、空はあいにくの曇り空で、お日さまを拝むことはできませんでした。

と、思ったのですが、諦めて帰ろうとしていた時に気づきました。


「そういえば俺が見てた方角って西側じゃね?」

あんのじょう、反対側の東の空は真っ赤になりつつありました。

太陽というのは東からのぼって西に沈むものなんですね。

それをすっかり忘れていました。

若年性アルツハイマーでしょうか。

すぐに、

(これはいかん、いかんぞ。

なんとしてでも初日の出をこの手で、この手で(カメラの)フレームに収めねばならん!)

という思いに駆られました

急いでモーターサイ(バイクのタクシー)を捕まえ、近くのBTS線(バンコクの鉄道)の駅まで行ってもらうことにしました。

BTS線は地面より高いところを走る高架鉄道ですので、もちろんその辺りの高層ビルよりは低いのですが、駅から地平線を臨むのは難しくありません。

警備員さん以外誰もいないプラットフォームで初日の出を満喫してきました。

で、ふと思ったのですが、タイでは初日の出を拝むという慣習はないのでしょうね。

チャオプラヤ川でも、

(なんか変な奴が空を見上げてるぞ)

的な周囲の反応は感じていたのですが、駅でも警備員さんに怪訝な顔をされていました(笑

いや、しかし良い体験になりました。

実は隣のカンボジア・シェムリアップにあるアンコール・ワットで初日の出を見ようかとも思っていたのですが、思い立ったのが大みそか当日ということもあり、いったん断念していました。

アンコール・ワットは初日の出を見る定番スポットとして日本からもツアーが組まれているみたいですね。

それもあって、わざわざ海外で皆で初日の出見る必要もないかなという気がしていたのも確かです。

しかしアンコール・ワットを前に上るお日さまも荘厳でしょうから、いつかは行ってみたいですね。

最後に、私自身の新年の記録もかねて、今年の抱負を書き遺しておきたいと思います。

【今年の抱負】

  • 文章力をあげる
  • 生活を安定させる
  • 欧州に移住したい
  • (人と関わる)
  • 結婚する

まず文章力を向上させたいですね。読ませる文章というのでしょうか。

今この日記を書いていても文章の展開の仕方が稚拙だなあと我ながら感じます。

もっと人に何かを訴求できる、コピーライティングとも呼べるくらいのスキルを身に着けたいと思いますね。

また、経済面では現在はまだまだ不安定ですので、生活をなんとか安定させたいです。

居住地の面でいえば、タイは人が優しいところや、常夏というだけで寒さが苦手な私には楽園のようなところなのですが、今年はもう少し新しい場所にチャレンジしてみたいと思います。

欧州は冬の寒さが地獄だとも聞きますし、経済的にも今の状況であれば欧州の比較的物価の安い国や地域でギリギリ生活できる程度の所得しかありませんので、その辺りをもう少し改善したいと考えています。

「人と関わる」に関しては、昨年はほとんど人と関わることがありませんでした。

正直、今後は人と距離をおいて生活したいと考えていた気持ちもありますし、抱負をカッコ書きにしているのも、人と関わりたいという気持ちが新たに芽生えたからということではないからですね。

では、なぜ「人と関わる」ことを抱負にするのかというと、やはり結婚をしたいからに尽きます。

そして、できれば「逆玉のこし」を実現したいです。

タイに来て、ハイソ(死語)なライフスタイルというのを少し考えるようになったのですが、なにぶんハイソ(死語)もクソもハイソ(死語)になれるほどのリソースが何もないというのも事実です。

日本でもあるのかもしれませんが、タイの中流層以上の人たちは積極的にパーリー(パーティー)に参加している印象があります。

普通の人はそういう社交の場で人間関係やパートナーを築いていくのだと思うのですが、ガチのクレージー(マッド)ガイな私としては、そういう場所に行くことを想像しただけで恐ろしいです。

しかし「逆玉」を狙うのであればそこを避けては通れないのではないかという気もしています。

そして、あわよくば、綺麗なロシア系のお金持ちと結婚したいというのが理想なのですが、それは流石に無理というものかもしれません。

美人でハイソ(死語)な女性をイケメンでハイソ(死語)な男性が放っておくわけがないですからね。

頑張ればなんとかなるでしょうか。

なかなか現実を見るのは難しいですね。

展開が急ですが、誰かがこう言っていました。

日本は「観念的」な国だと。

私自身の浮世離れした個性を日本の文化のせいにしたいということではなくですね、日本を外から見ると、確かに観念的な国だなあという気はします。

「なんだよ『観念的』って?」

と言われるとよく分かりません。

自分自身の中に世界観をつくる性癖でしょうか。

私もその1人な気がします(お前と一緒にするなという批判はなしで)

でも、観念的だからこそアニメやAVといった一種の妄想コンテンツを生み出せるという強みがありますし、いずれは仮想が現実を超える日が来るでしょうから、今の日本の流れは世界をリードする文化になりえる気がします。

しかし、やはり海外の特に若い人たちの日本に対するイメージというのが、「なんだか変な国」というイメージが定着しつつあるのを同時に感じていて、良くも悪くも日本は熱狂的に好きな人と嫌悪を示す人がはっきり分かれる独特な国として世界の一部に存在し続けるのだろうと思います。

その点、世界が身近になった今、ビザなどの問題はあるにしても自分の個性や感性に合った国や都市を選べるということは非常にありがたいことでもあります。

という書き方をすると、日本の文化が異次元なものだと言ってるように感じるかもしれませんが、そういうことを言いたいわけではありません。

むしろ先を進んでいるのかもしれません。

なんだかんだでまだまだ国籍というのは付いて回りますし、日本という国籍に助けられている場面も多々あります。

しかし、今後日本が国際的にまともな国としてプレゼンスを発揮するためには、一度私たち日本人のムラ意識というものを自覚する必要があるのではないかとも思います。

(まともじゃないお前が言うなという批判はなしで)

なんというか理想というか、ただの夢というか、自分語りや日本のことをまとまりなくつらつらと書いてしまいましたが、自分の内なる欲望も含めて自分の考えを文字に書き出すのも楽しいものですね。

海外で引きこもりながら生活をしているにも関わらず、インターネットのおかげで日本を含め世界の動きが分かるというのは、ありがたいことです。

同時に人と話すことなく何かのコミュニティに存在できているかのような錯覚も覚えます。

海外生活は自分にとっての逃避なのかと考えることもありますが、日本にいても同じように引きこもっていますので、それほど変わりはないですね。

むしろ海外ののんびりした雰囲気が好きです。こういう雰囲気の中で人と接すれば自分の排他性も融解していくのだろうかとも思ったりもしますが、このまま歳を経ていくかもしれないとも思ったりします

人を尊敬し好きになるためにはどうすれば良いでしょうか。

人を好きになること。それが私にとっての永遠の課題のような気がします。

まとめるのが難しいですね。ただただもっと文章力が欲しいです。もっと練習しようと思いました。

最後になりましたが、2017年が皆様にとってよい年でありますよう、本当はさほど興味はありませんが、心より願っております。

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