ギターウルフセイジのプロフィールや経歴は?結婚は?大学は?革ジャンのブランドは?名言まとめも

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ロックバンド・ギターウルフのボーカルでギター担当のセイジさん。

今年の6月には初のエッセイとなる「昭和UFO」も本名で出版されています。

「昭和UFO」にはセイジさんの幼少時から、青春時代の記録がつづられているそうです。

今回は、そんなギターウルフ・セイジさんのプロフィールや経歴、結婚、大学などについて調べてみました。

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ギターウルフ・セイジのプロフィールと経歴


出典:natalie.mu

本名: 阿武誠二(あんの せいじ)
生年月日: 1963年9月22日
年齢: 53歳
出身地: 島根県松江市灘町
血液型: O型
出身中学校: 松江市立湖南中学校
出身高校: 島根県立松江南高等学校
職業: ロックミュージシャン
好きな食べ物: 親子丼/バッテラ/納豆

ギターウルフ・セイジさんは幼少を長崎県諫早市福田町で育ちます。

小学校3年生の時に父親の仕事の都合で大阪市北区天満橋に引っ越し、小学校5年生の時に島根県松江市灘町に移り住み、その後は高校卒業まで島根県で過ごしています。

高校2年生の時、日本史の授業中に稲妻のような感覚に打たれ「俺は好きなことをやって生きてやる!」と決意します。

高校卒業と同時に上京。

当時は好きなことが分からずバイトに明け暮れていたようですが、中古レコード店でのバイト経験から音楽の道を志すようになります。

その後24歳の時にギターウルフを結成。

ギター・ボーカル担当として30年あまりに及びギターウルフを牽引しています。

参考:ja.wikipedia.org/asahi.com

ギターウルフとは?

ギターウルフは、ボーカル・ギター(ギターウルフ)のセイジ、ドラム(ドラムウルフ)のトオル、ボーカル・ベース(ベースウルフ)のUGから構成されるスリーピース・ロックバンドです。

ギターウルフの来歴

1987年結成。

1994年、アメリカにてアルバム『WOLF ROCK』でCDデビュー。

日本国内では、1997年にアルバム『狼惑星』でメジャーデビュー。

長らく3人での活動が続いていたが、2005年3月31日未明にビリー(ベース・ボーカル)が心不全により急逝。

ベスト・アルバムをリリースした後、同年9月、ギターウルフのファンであったUG(ユージ)が加入。

UGは楽器経験者ではなく、ヒップホップを好み、ロックはギターウルフしか聴いたことがなかったという。

セイジは抜擢の理由について、「UGが入ることによって予想できない新たな爆発を生み出したかった」といった旨の発言をしている。

2000年に入ってから海外進出を果たすバンドも増える中、ギターウルフは早い段階で海外進出を果たしており、少年ナイフと並んで北米で最も注目を受ける日本のバンドと言える。

引用:ja.wikipedia.org

ギターウルフ・セイジは結婚してる?

ギターウルフのセイジさんの結婚について調べてみましたが、確かな情報を見つけることができませんでした。

早い時期から結婚されており、娘さんも2人いらっしゃる、という情報はあるようです。

ギターウルフ・セイジの大学は?

ギターウルフ・セイジさんは大学には進学されていないようですね。

朝日新聞デジタル「私の1枚」のなかで、高校生の時に進学をしない決断をしていることに触れています。

進学校に通っていたのに進学もやめた。卒業後は、好きなことをして何者かになる、そんな思いだけを抱えて上京しました。
引用:www.asahi.com

ギターウルフ・セイジの革ジャンのメーカーは?

ギターウルフ・セイジさんの革ジャンのメーカーはSchott(ショット)のようですね。

上京当時はノンブランドの革ジャンをいろいろと試されていたようですが、ショットが一番しっくりきたとのこと。

現在は、ギターウルフのネームが入った特別仕様のものを着用されているようです。

今、着ているのは、もうずいぶん前にショットから企画をいただいて作ってもらったギターウルフのネームが入った特別仕様。
引用:schott-online.jp

また、革ジャンは洗濯機で洗濯しているそうで、セイジさんいわく、

キレイになるし、カタチもパリっとするんだよ

だそうです(笑

俺の場合は汚れてきたなあと思ったら洗濯機で丸洗いして天日干し。ライブで着続けてると、悪臭を放ってくるからね(笑)。怖くてなかなかできない人もいるかもしれないけど、キレイになるし、カタチもパリっとするんだよ
引用:schott-online.jp

ギターウルフ・セイジの名言botまとめ

ギターウルフ・セイジさんの名言botをまとめてみました。

まとめ

今回はギターウルフ・セイジさんのプロフィールや経歴、結婚、大学、革ジャンのメーカーなどについてまとめてみました。

ギターウルフ・セイジさんのブログの文体や表現は非常に面白いですね。

なんでも所属レーベル・キューンレコードの編集者に毎週ムチで脅されて書いているらしいですが(笑

ブログの記事を一つまるまる引用させていただきたいと思います。

【三船敏郎の逆襲】

古本屋で「おっ、こりゃあ買わなきゃ」と分厚い資料本を見つけた。
戦後から現代までの当時の事件や文化を年代別に記してある。
何かのひらめきを求めてオレはこの種の本をよく買うが、新聞社が
まとめたらしく記載は丁寧だ。
白い背表紙を見ると“毎日ムック”と本の名前があり、その下に
口をむんずとへの字に食いしばり、「やっ」と刀を突きだした
サムライ姿の三船敏郎が写っていた。
なんだか本物の侍が写っているようだ。

強風吹き荒れる宿場町。
一匹の侍と十匹のならず者が向かい合い、ジリッ、ジリッっと
距離をせばめていく。
ならず者の一人がピストルを持ったまま言い放つ、
「あんまりこっちに来るんじゃねえ!」
すると侍はニヤッと一閃ふところに忍ばせた出刃包丁を
ピストル野郎に投げつける、出刃が相手のカイナに刺さるやいなや、
たちどころにならず者達を切り捨てた。
黒澤明監督“用心棒”のクライマックスだ。
ピストルのならず者仲代達也もなかなかかっこよかったが、
サムライ三船敏郎の迫力は群を抜く。

長くテレビで放送されることを拒否していた黒澤映画が初めてテレビの
ロードショウで流されたのは自分が高校の時だったように思う。
それまでの映画はテレビの画面に合わせていたが、黒澤映画から、
上下に黒い影を入れるシネマスコープで流されるようになった。
だがその頃、自分には黒澤映画についての知識はあまりなく、
撮影中の映画“影武者”にスピルバーグやジョージルーカスが
表敬訪問して最敬礼だったとかなんだか日本人を喜ばせる様なニュースを
聞くが、本当かいな?という半信半疑の気持ちがあった。
その頃、日本のロックはしょせん外国のロックに勝てないという
思い込みがあり、映画もそうだと思っていた。

三船敏郎の事も、その迫力のある顔の割にはいつも冴えない素浪人役を
やっている人で、国際スターらしいが、サムライばかりやって
なぜ国際スターになりうるのだろう?と思っていた
ジョンベルーシーが、サムライ姿の三船敏郎のパロディをアメリカの
コミックショーで演じて、それを日本側が抗議した事あるが、
「僕はミフネを尊敬しているんだ」という答えが返ってきて
ふ~ん、そうなのかなあと思ったこともある。
母親は侍というと、学生時代に夢中になったらしい新諸国物語の
東千代之助や中村錦之介がごひいきで、彼らの事を話すと
学生時代を思い出すらしく、ちらちらハートマークの様な物が
飛び出していて、子供心にはそれが煙たく、なんとなくよけたくなる
感じがしたが、三船敏郎の事は「おお世界の三船」と言ったきりで、
その後は何も語るでもなく、机の上のたくわんを
ボリボリ囓っているような有様で、興味は全く無さげであった。
もう一つその頃の三船敏郎で思い出すのはベッドのCMだ。
ふかふかの白いベッドの上で金髪美女が気持ちよさそうに寝ていて、
そこに別カットの三船敏郎が登場し
「う~ん寝てみたい」と意味深なセリフを吐く場面があった。
う~んと来たらマンダムだろうと思いながらも、
高校生の間でそのセリフが少しだけ流行った。

ところが“用心棒”を見た。
すごい!これが日本映画!?
三船敏郎に最後にバサバサ斬り捨てられた悪漢のように、
オレも「うっ、やられた~!」と見事にバッサリ、
それまで持っていた蛇足のイメージはすべて斬り捨てられた。
映像は斬新で、三船は若く苦み走り、アクションの切れが凄まじい。
それからだ、黒澤映画に興味を持つようになったのは。
上京して東京の名画座の安さに驚き、名画という名画を一時期
見まくった時があるが、黒澤映画も当然その中に入っていた。
だが気がついたことがある、黒澤じゃなく三船なんだと。
映画は役者だと思う。
学生時代、クラスにはいろんな奴らがいたが、一人のスター、
もしくは一人のマドンナがいればそのクラスは光っていた。
それと同じじゃないかと思う。
映画はスターとマドンナで光る。
黒澤映画は確かにすごいが、“生きる”以外の映画で、
三船敏郎がでてない映画はそんなにおもしろくない。
“男はつらいよ”も渥美清なしでその映画は存在できない。
昔、高倉健の映画を借りてきた事がある。
その映画は健さんがでているにもかかわらずあまりにつまらない映画で、
腹が立つほどだったが、健さんがでているので最後まで
なんとか見る事ができた。
これが他の役者なら一瞬で消していただろう。
存在感なのだ、存在感と言う核が無い限り、どんな有名監督が
メガホンを取ろうともその映画はおもしろくない。
三船敏郎のその存在感は世界を圧倒した。
もちろん黒澤明という偉大な監督がいなければあり得ないことでは
あったが、三船がいたから、黒澤は世界のクロサワになれた。

毎日ムックの背表紙を飾るサムライ三船敏郎を見ながら思う。
この人がいなかったら日本は大変だったんじゃないだろうか?
あの当時、外国映画などで描かれている日本人はひどい。
まるで、シェークスピアにいつも出てくる醜い出っ歯の悪徳商人
の様な奴ばかりだ。
サムライ三船はそんな時に登場した。
世界を渡る時、何らかのかっこよさを示せば、人間は肌の色関係なく、
理屈抜きに尊敬してくれる事をオレは知っている。
三船敏郎のかっこよさに外国人は驚き、それまでの日本人の描き方に
大幅に修正が入ったはずだ。
ニヤッと笑い、むんずと刀をかさし、エイやと気合いを入れる。
これが日本男児なのだと、彼は敗戦後の日本のでっかい象徴に
なったに違いない。
アランドロンがインタビューで尊敬する俳優はと聞かれる度に
必ず「ミフネだ」と答える。
稀代の二枚目にそれを言わせる三船敏郎が、
世界へ与えた影響は計り知れない。

去年末にスターウォーズの新作を見た。
毎年年末に大阪で企画している「宇宙戦艦ミソノフィーバー」の為、
前日に東名高速を機材車で西に走っていた。
車中で、同行のPA担当のナンシーが「スターウォーズ見ましょう」と
オレの袖をゆするので、よしそれならばと4Dまたは3Dのすごいの
見るかと息巻いたが、さすがに封切り直後で、席はわずかにあったが
全然別々の場所にあり、それじゃあせっかく女の子と見るのに
何か華やかさにかけると思い、4D,3Dはあきらめ,
隣同士の席がある普通の映画館で見た。

映画はおもしろかった、が、今ひとつ。
フォースの戦いにシーンだ。
ジョージルーカスは黒澤明のサムライ映画の大ファンであることから
フォースの戦いは完全にチャンバラだ。
だが緊迫感がまるでない。
触れれば切れる刀の剣先に向かっていく以上、それ相応の覚悟が必要だ。
宮本武蔵じゃないが、
“切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、踏み込み見れば後は極楽”
それぐらいの命がけの迫力を見せなければ、ただのお遊戯にすぎない。
スターウォーズはただのお遊戯だった。
そこで思うのが三船敏郎だ。
ルーカスは第一作から登場するオビワンの役を三船敏郎に依頼した。
オビワンは伝説の剣の達人で、主人公ルークやダースベイダーの
師匠となる。
彼がオビワンの役を断るが、もし受けていれば、チャンバラシーンが
完全に変わっただろう、実に惜しい。
三船敏郎は海外の映画に出演しても、日本という物を
しっかり守りきった人だ。
海外の監督が持っている日本に対するイメージの勘違いに対して断固と
して戦い、そしてほぼ完全に守りきった。
ブルースリーのドラゴン怒りの鉄拳にでている日本の俳優は、
間抜けに見えるからとの理由で、袴を前後ろわざと逆さまにはかされて
いるが、彼ならそんなことは絶対にない。
だから彼がオビワンの役をやったら、フォースのチャンバラの部分に
一大鉄槌を加えたことは間違いなく、ジョージルーカスも素直に
聞いただろう。
そしてスターウォーズそのものの作品の価値も、
今以上に高まったはずだ。
しかも三船敏郎の身体能力は恐ろしく高く、彼のオビワンとしての鬼気
迫るチャンバラシーンを是非見たかった。

劇場を出た後、ナンシーがとことこ寄ってきて
「セイジさん、フォース買わなきゃだめでしょう」と言うので
その辺りを見るとフォースがガラスケースに入って売られていた。
結局買わなかったのだが、オレは少し後悔する。
翌日のミソノフィーバーで最初に自分が登場し、軽く挨拶をしたが
その時フォースを持って出れば良かったなと思ったからだ。
だがもし40年前に三船敏郎がオビワンを受け、
切れ味鋭いフォースのチャンバラシーンがこの新作に引き継がれていたら
ひょっとして買ったかもしれないなと思ったりした。
引用:ameblo.jp

日常のことや思いをつらつらと書いているだけなのですが、じっくりと読んでしまいます。

何が理由なのか分かりませんが、知性と表現力が文体から伝わってくる感じがしますね。

ロックという、いうなれば「カッコつけてぶっとんだ」世界観を創り上げつつも、こういった繊細な知性や感性を持ち合わせるというのは、何故あえて両極端に振れなければならんのかと、いつも疑問に思うわけですが、それこそがロックであるのかもしれませんしね。

私自身も若い頃はぶっとびたい衝動がかなりあったわけですが、音楽とは無縁の人生だったために、それほどぶっとんだ経験もなく生きてきました。

そこで、果たして人生の中でロックのような音楽に目覚めていればロックな生き方を体現できたであろうかと考えると、それはないような気もするわけですね。

だから結局はロックな生き方も向き不向きがあるのではないかと(当然かもしれませんが)

30過ぎた今も何かロックな生き方に通ずるような生き方を模索しているわけですが、自分にとってのロックとは何か、それをまだまだ追い求める必要があるかなあと、53歳の今も現役で活躍するギターウルフ・セイジさんを調べつつ、ふとそう感じました。

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