宗像利浩のプロフィールや経歴は?会津本郷焼の歴史や特徴とは?

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現在、高島屋大阪店美術画廊でも個展が開催されている、宗像窯八代当主の宗像利浩さん。

宗像窯で焼物が専業になったのは江戸時代ですが、会津本郷焼の歴史はおよそ400年前の安土桃山時代までさかのぼるそうです。

現在の宗像窯では宗像利浩さん他、長男で九代当主の宗像利訓さんとともにその技術を受け継いでいます。

今回は、宗像利浩のプロフィールや経歴、会津本郷焼の歴史や特徴について調べてみたいと思います。

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宗像利浩のプロフィールと経歴


出典:tougei-club.com

名前: 宗像利浩(むなかた としひろ)
生年月日: 1957年3月生
年齢: 59歳(2016年12月現在)
出身地: 福島県会津美里町
出身大学: 京都嵯峨美術短期大学陶芸科

宗像利浩さんは、1957年窯元の長男として福島県会津美里町に生まれます。

高校に入学する頃に家を継ぐ決心をし、京都嵯峨美術短期大学陶芸科へ進学。

大学を卒業後、出雲の出西窯で3年間修業を積み、会津へ戻ります。

1997年の第14回日本陶芸展「利鉢(としばち)」で準大賞(日本陶芸展賞)を受賞。

2003年には第17回日本陶芸展文部科学大臣賞を受賞しています。

2005年に宗像窯八代当主を継承。

2008年に日本橋三越本店特選画廊で個展を開催。

2009年には日本工芸会正会員に認定されます。

2010年フランス・パリでの個展を開催。

2016年12月現在、高島屋大阪店美術画廊にて「作陶四十年宗像窯八代 宗像利浩 作陶展」が開催されています。

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参考:munakatagama.net/tougeizanmai.com

会津本郷焼の歴史とは?

会津本郷焼の発祥はおよそ400年以上も前、安土桃山時代のことでした。

蒲生氏郷(がもう うじさと)が若松城の城郭修理に際して播磨国(兵庫県)から瓦工を招き、屋根瓦を焼かせたのが始まりといわれています。

実際に本郷の地でやきものが焼かれ始めたのは、1645年。

会津藩主・保科正之が尾張国瀬戸出身の陶工・水野源左衛門を招き、本格的に陶器製造を始めたことが陶器の起源です。

1800年には有田や京都で学んだ佐藤伊兵衛が磁器の製法を伝えたことで、現在の会津本郷焼の原型が完成します。

その後、幕末の戊辰戦争によって製陶工場は再起不能の状態になってしまいますが、陶工たちの努力の末10年を経ずして復興を遂げます。

しかし、その後も大正5年の大火の発生や、近代化を原因として窯場は次第に衰退していきます。

再び会津本郷焼に注目が集まったのは、昭和30年代の民芸ブームのときでした。

さらに1958年にブリュッセルの万国博覧会で宗像窯の鰊鉢がグランプリを受賞したことが、会津本郷焼のイメージを一気に民芸陶器へと結びつけ、現在へと繋がっています。

会津本郷焼の発祥は、1593年、蒲生氏郷が若松城の城郭修理に際して播磨国(兵庫県)から瓦工を招き、屋根瓦を焼かせたのが始まりといわれています。はるか400年以上も前、安土桃山時代のことでした。
 実際に本郷の地でやきものが焼かれ始めたのは、1645年です。会津藩主・保科正之が、尾張国瀬戸出身の陶工・水野源左衛門を招きました。源左衛門は本郷村に原土を発見し、本格的に陶器製造を始めたのです。これが、会津本郷焼の、陶器の起源です。
引用:tougeizanmai.com

1800年には有田や京都で学んだ佐藤伊兵衛が磁器の製法を伝え現在の会津本郷焼の原型が完成する。
引用:ja.wikipedia.org

しかし、会津が命運をかけて戦った戊辰戦争が起こり、陶工が藩士として出陣した留守に製陶工場は戦火にかかって廃塵に帰し、再起不能の状態になってしまいましたが、再起を誓う陶工たちが全村一丸となって努力した結果、10年を経ずして復興を見ることができ、明治中期頃には欧米各国に盛んに輸出するまでになりました。
引用:misatono.jp

やがて時代は移り、戊辰戦争による打撃、壊滅的な不況などが本郷を襲いましたが、かろうじて窯場は生き延びます。しかし、それも押し寄せる近代化の波や、町を焼き尽くした大正5年の大火などにはばまれ、次第に衰微していきました……。再び会津本郷焼の名が浮上したのは、昭和30年代の民芸ブームのときでした。1958年にブリュッセルの万国博覧会で、宗像窯の鰊鉢がグランプリを受賞したことも弾みとなりました。これらが、会津本郷焼のイメージを一気に民芸陶器へと結びつけ、現在へと繋がっています。
引用:tougeizanmai.com

会津本郷焼の特徴とは?

会津本郷は陶器と磁器の両方の産地であり、一つの窯元で両方の焼物を生産している場合もあります。

磁器は青く彩色した呉須染付、あるいは種々の釉(ゆう)を用いた多色による色絵などが特徴。

陶器はあめ釉や灰釉など伝統的な釉薬(ゆうやく)を用い、素朴で親しみやすい味わいの実用的な作陶が展開されています。

あめ釉を使った陶器で特に有名なものがニシンの山椒漬けに使用される「鰊鉢」であり、文字通りあめ色の光沢を放つこの陶器は会津本郷焼の代名詞ともなっています。

鰊鉢

鰊鉢

出典:munakatagama.net

陶器と磁器の両方の産地であり、一つの窯元で両方の焼き物を生産している場合もある。磁器は青く彩色した呉須染付、あるいは種々の釉を用いた多色による色絵などが特徴。陶器はあめ釉や灰釉など伝統的な釉薬を用い、素朴で親しみやすい味わいの実用的な作陶が展開されている。あめ釉を使った陶器で特に有名なものがニシンの山椒漬けに使用される「鰊鉢」であり、文字通りあめ色の光沢を放つこの陶器は会津本郷焼の代名詞ともなっている。
引用:tiiki.jp

宗像利浩の作品一覧

公式ページより宗像利浩さんの作品を一部まとめてみました。

まとめ

今回は、宗像窯八代当主の宗像利浩さんのプロフィールや経歴、会津本郷焼の歴史や特徴についてまとめてみました。

宗像利浩さんいわく「焼物は焼き上がりの段階ではどんなに優れたものでも本質を見せてはくれず、本質を秘めた作品は優れた使い手によって長い間大切に使われることで名品となる」そうです。

また、「本物は一見平凡に見え、そこに本質を見抜く目が要求される」とのこと。

陶磁器というものを全く知らない私のような人間にとっては、「焼物の本質とはなにか?」という問いは非常に興味深いものです。

使い手によって大切に使われることで名品になるというのは、保存状態の良し悪し以上の価値がそこに生まれているということなのでしょうか。

およそ400年続く伝統工芸が今もなおそこに価値を見出されているということは非常に素晴らしいことですね。

日本という国に生まれた一人の人間として、果たして焼物に見る侘び寂びの精神やその良さの本質を理解しているのかと、再度問い直したくなるように感じた次第であります。

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