世界はどこに似るのか

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最近、「日本のここがすごい」ということを語らせるテレビ番組が増えた気がする。それを見るたび、「なんだか、日本と中国は似てきたぞ」という思いを、私は新たにするのである。

この記事を読んで、なんとなく分かる気がするなあと思いました。

なんというかSNSの普及だと思うのですが、これだけ情報が即座に世界中に拡散される時代になると、世界というのは似てきますよね。

似てるという感覚が正しいのか分かりませんが。

私はアメリカに行ったことはありませんが、SNSを見てるとアメリカも徐々に日本と同じような全体主義になりつつあるという話も見たりしますし。

トランプ氏の台頭でポピュリズムや白人至上主義といった流れが世界に起こりつつあるという論調もありますし。

これだけ世界が近くなっても、いや、近くなるからこそ、個人のあらゆる違いが気になるのでしょうか。

記事にあるように社会の発展や利便性を追求することによって引き起こされるストレスは、社会がより発展すれば徐々に少なくなっていく時代が来るのでしょうか。

そして、社会の発展を第一に考えると、やはり全体主義にならざるを得ないようにも感じるわけで、私のように日本というストレス社会から逃避せざるを得なかった人間にとっては、あまり同じような社会というのは増えて欲しくないなあと思ったりもするわけです。

と言いつつも私も他者にストレスを与えていたりするわけですけども。

人間がストレスというものから解放されることが素晴らしいのかは別として、ロボットやAIがもっと普及して、ベーシックインカムのような社会制度が整えば個人が労働のストレスから解放されるのか、個人の幸福が確保されるのか。

社会の全体主義みたいなものはなくなるのか、それともより個人を犠牲にする必要のある社会になるのか、まあ普通に考えれば個人が幸福になれそうな未来は想像できるわけですけども。

どのように世界が徐々にでも均質化されていくのか、またはそうはならないのかといったところに興味がありますね。

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