日本の映画に感じる女性の弱さというマスターベーション

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最近、タイでも結構日本のアニメ映画が上映されている気がします。

私はあまりアニメを見ないので、日本で人気が出たものか、予告編などで面白そうなものだけしか見ないのですが、最近違和感を感じることが多いのは、アニメに限らないのかもしれませんが、日本の映画で恋愛が描かれる時の女性のか弱さが強調されすぎとるんじゃなかろうかという部分です。

あれは女性は主人公の女性に感情移入できるものなんでしょうか。

私が女性だったら、たぶん男性側に感情移入しそうな気がします。

あるいは客観的に第三者の目で見てる気がします。

フィクションだからそれで良いんですかね。

なんかもの凄くマスターベーション感を感じる時があるわけですね。

まあAVとかもそうなんですが、AVは基本的にまさにマスターベーションのために作られているわけなので、それはそれで良い気がするんですが、普通の映画とかアニメとか、男子が女子を呼び捨てにして、女子は男子を「◯◯くん!」みたいに、ちょっと男の立場のほうが強く描かれたりすると、自分が女性だったら絶対萎えると思うんですよね。

まあ気にしない人のほうが多いのかもしれませんが。

しかし、それをタイみたいな女性が強い国で上映するわけですから、別にヒットしなくても、とりあえずアニメとして上映しとけばそれで良いみたいな戦略なんですかね。

今日、「A Dog’s Purpose」という映画を見て来たんですけども、なんというか「犬は飼い主が好きだ」みたいな描かれ方で凄くつまんなかったんですよね。

確かに犬は飼い主のことが大好きなんだろうなと思うことは多いですが、だからといって犬が飼い主のことを第一に考えているというわけではないですからね。

そもそも言葉が分からないんだから犬の考えなんて分からないだろうと思うわけですが、でも人間からすれば犬は意思疎通がしやすいと思われがちなんですよね。

比較対象として猫がいるからでしょうか。

で、そういう「犬は飼い主が好きだ」「犬は飼い主に幸せになってほしいと思ってる」みたいな描き方を何故するのかというと、それこそ感動ポルノを目指してるからなわけですよね。

実際はストーリーもむちゃくちゃでしたし、全然感動できませんでしたが。

日本の恋愛ものにも同じような印象を受けるんですよね。

恋愛ものを全部見てるわけではないので一部のものだけを見て全てに感じているのかもしれませんが。

それはそれで好きな人もいるのかもしれませんが、結局ポルノの域を超えられない気もしなくもないんですよね。

それが日本の文化ということで世界に発信しつづけるべきなんでしょうかね。

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