人と助け合うことが苦手であるという性格について

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これね。

私、自分ではこれ性格上の問題というよりも、一種の脳の欠陥ではないかとも思ってるんですけどね。

人と助け合うということが本当に苦手でどうして良いか分からないんですよね。

気持ちの問題なんですかね。精神的に成熟していないとか。

年初に「今年はヨーロッパへ移住する」という目標を掲げましたが、その中でもドイツ辺りがビザも取得しやすそうで良いかなあと思うのですが、ドイツって日本の人が多そうで、そういうコミュニティに入らないと生きていけないのかなあと思うと一種の恐怖なんですよね。

まあタイも日本人は多いのですが、これまでも出来る限り関わらないように避けて来たわけです。

一般的に言う海外沈没者ですよね。たぶん。

海外で社会性を発揮しつつ人脈を広げて仕事をするとかじゃないですからね。

タイではそういう生活も許容されるという甘えはあったわけですが、ヨーロッパあたりはどうなのかという一抹の不安を感じるわけですね。

この年齢になると環境を変えたからといって心持ちが大きく変わるということも考えにくく、それでも挑戦はしたいという、なかなかのジレンマを抱えつつ生きるわけです。

タイで引きこもりのまま過ごすという選択肢もありますが、それでは人生面白くないですからね。

人というのは生存本能を発揮するために、自分を社会に適応させようとするわけですが、私の場合自分の独善性のほうが先立ってしまうというか、それって甘えだと言われればそうなのかもしれませんが、普通の人はどうやって社会になじむんですかね。

そういう根本的なところが全く分からないんですよね。

環境を変えれば自分が変わるというのは、正直もうないと思うんですよね。

じゃあ何のために環境を変えるのかというと、やっぱり人生80年程度しかないのに同じ場所に住んで、同じことを繰り返してという時間を人生の大半に費やすというのは勿体無いと感じるからですよね。

でも普通は、同じ場所に住もうが同じ仕事を続けようが、家庭を持って子供の成長を見ることが、非日常的であって、同じ日々は一つとしてない。子供の成長のために頑張るんだというのが人生なのかなとも思うわけです。

おそらく、今の私に必要なのは環境を変えることではなく、配偶者を見つけることではないかとも思うのですが、尊敬できない人を配偶者にはできないですからね。

で、尊敬できる配偶者を得るのであれば人付き合いも必要になりますし、それができずにこのまま人間性をこじらせて孤独になるのかという恐怖もあるわけで、どうしようどうしようという感じですね。

環境の変化を希望としてはいかんのですが、同時に環境を変えねばどうしようもないという状態でもある。

人と助け合えない自分を受け入れてしまえば楽なのかもしれませんが、そこに人生の価値はないですからね。

いや、恐怖ですよ。本当。

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