俳句の夏井いつきは結婚してる?夫は?子供は?プロフィールや経歴・作品も

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「毒舌俳句先生」として人気を博している俳人の夏井いつきさん。

「プレバト」(TBS系)で著名人の俳句作品を容赦ない毒舌で評価する姿が非常に印象的ですよね^^

今回は、そんな夏井いつきさんについて調べてみました。

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夏井いつきは結婚してる?夫は?

夏井いつきさんは現在ご結婚されています。

中学校の国語教師だった25歳の時に同じ教師の男性と結婚。

その後離婚し、現在の旦那さんと2006年49歳の時に再婚されています。

現在の夫は、CM・映像プロデューサーの加根光夫さんということです。


出典:happy56.jp

夏井いつきの夫、加根光夫って?


出典:Facebook.com

夏井いつきさんの現在の夫である加根光夫さんは、夏井いつきさんより8歳年上の67歳。

関西大学出身でかつて博報堂の関西支社に勤務されていました。

CMプロデューサーとして、「マロニーちゃん」(中村玉緒さんが出演するマロニーのテレビCMシリーズ)なども手掛けています。

夏井いつきさんとは、2003年にインターネットで配信する番組への出演を依頼したことがきっかけとなって交際が始まったそうです。

加根光夫さんご自身かねてから趣味で俳句を詠んできたこともあって、夏井いつきさんの句会に参加したり、サイトにも俳句を投稿していました。

ペンネームは「兼行」というもので、その実力は夏井いつきさんも

「この人本気で俳句をやっている人と思った!作品を見ればわかる。」

と認めるものでした。

加根光夫さん自身も二度の離婚を経験されていましたが、2006年にそれまで再婚を渋ってきた夏井いつきさんに対して

「(自分は50代の後半で)歳を取っているけど、結婚しましょう」

とプロポーズし、再婚します。

夏井いつきさんとの結婚にこだわった理由について、加根光夫さんは

「こんなに能力がある人は見たことがないから。それだったら自分が付き人をやったり役に立つことの方が、きっと俳句のためになるんじゃないかと思って。僕ができることをして助けたいと普通に思っちゃう」

と答えています。

現在は、フリーランスの立場で映像プロデューサーとしての活動を継続しながら、その一方で夏井いつきさんの仕事先にマネジャーとして同行するなど、公私にわたって夏井いつきさんを支えています。

夏井いつきの子供は?

前の旦那さんとの間に2人の子供さんがいます。

残念ながら、子供さんについての詳細な情報はネットにはありませんでした。

初婚が25歳だったことを考えると、既に成人されているのではないでしょうか。

実父が教職で、夏井いつきさんも元国語教師ということですので、同じ道を歩んでいるのかもしれませんね!

夏井いつきの本名は?

「夏井いつき」は俳名ということですが、本名は残念ながら公表されていません。

ただ、俳名の「夏井」は前夫の姓をとっており、「いつき」は本名の「伊月」をひらがなにしたものであるそうです。

「伊月」が姓なのか名なのか定かではありませんが、俳名の「いつき」という名前が本名を元にしたものであることは間違いなさそうです。

夏井いつきのプロフィール・経歴


出典:jinsei-navi.com

俳名: 夏井 いつき(なつい いつき)
生年月日: 1957年5月13日
年齢: 59歳
出身地: 愛媛県南宇和郡内海村
出身高校: 愛媛県立宇和島東高等学校普通科
出身大学: 京都女子大学文学部国文科卒業
職業: 俳人
活動期間: 1988年~
ジャンル: 俳句

夏井いつきの経歴

1980年に松山市立余土中学校国語教師として赴任。1982年に愛南町立御荘中学校へ転任します。

教師時代からも、唯一の趣味として独学で俳句を嗜んでいたようです。

1988年、教職を辞し俳人に転身。黒田杏子さんに師事しながら、自宅の松山を拠点に俳句を本格的に手掛け始めます。

1997年(平成9年)には、俳句集団「いつき組」を組織するとともに、「組長」へ就任。全国の小中学高校生を対象としたカリキュラムの一環として、「句会ライブ」という俳句教室を開催しています。

2013年(平成25年)からは、『プレバト!!』(毎日放送制作・TBS系列全国ネットのバラエティ番組)内の企画「才能査定ランキング」で、俳句部門の査定を担当。

2015年(平成27年)には、「俳都松山宣言」を全国に発信する俳都松山大使に就任。

正岡子規後100年の俳句の現在から、さらに俳句の未来に向かった活動を展開すべく、「100年俳句計画」を提唱しています。

出典:ja.wikipedia.org

夏井いつきの作品

夏井いつきさんの作品についてまとめてみました。

仏法僧廊下の濡れている理由

季語は「仏法僧(ぶっぽうそう)」で夏。昔はまったく別の鳥を指した名であることは広く知られているが、一応角川版の歳時記から引き写しておく。「夏の夜ブッポウソウと鳴くのはブッポウソウ科の仏法僧だと信じられてきたが、実はフクロウ科の木葉木菟であることが昭和十年に判明した。そこで仏法僧を『姿の仏法僧』、木葉木菟を『声の仏法僧』と呼ぶ。仏法僧は青緑色で赤い嘴が目立つ。……」。両者の棲息場所が同じなので、古人が誤解したらしい。掲句は現代の作品だから、むろん「姿の仏法僧」だ。仏法僧が飛んでいるくらいだから、人里からかなり離れた寺あたりの「廊下」だろう。明るい陽射しのなかを、美しい色彩の鳥がキラキラと飛んでいる。まことに晴朗な気分で、作者は人気のない建物に目をやった。そして、ところどころを眺め歩いているうちに、ふっと廊下の一部に黒い滲みがあるのに気がついたと言うのである。明らかに、水か何かの液体をこぼしたせいだとわかる。それも、ついさきほどこぼしたように、まだじっとりと「濡れている」。でも、いったい、誰がいつどんな「理由」で濡らしたのか。見回してみても、それらしい人影もない。「変だなあ」といぶかる作者の頭上を、折しも仏法僧が「ギャー」と鳴きながら飛び去っていった。と書くと、あまりにミステリー仕立てに読みすぎで、もちろん作者は探偵のように理由を求めているわけじゃない。ちらりと疑念が、心の片隅をかすめた程度。次の瞬間には忘れてしまう程度。しかし、その「ちらり」をこのように、いわば大仰に書きとめることで、逆に仏法僧の姿が読者の目にもいちだんと鮮かになった。そういう構造になっている。句面では、一見仏法僧が脇役に見えるけれど、実はこの鳥を主体に描いた句だったのだ。「俳句」(2003年7月号)所載
出典:longtail.co.jp

遺失物係の窓のヒヤシンス

季語は「ヒヤシンス」で春。忘れたのか、落してしまったのか。無くしたものを探してもらうために、「遺失物係」の窓口に届け出に行った。と、殺風景な室内とはおよそ不釣り合いなヒヤシンスが生けられていた。なんと風流な……。心なごんだ一瞬だ。自分が無くしてしまったものと、自分が思ってもみなかったものの存在との取り合わせが面白い。失せ物が出てくるという保証は何もないけれど、このヒヤシンスによって、作者はなんとなく明るい期待を持てたことだろう。作者の遺失物も、思いがけないところに存在しているのは確かなのだから。忘れ物といえば、いまだに冷汗ものの大失敗を思い出す。学生時代に、めったに乗ったことのないタクシーに乗った興奮からか、同人誌のために集めた仲間の原稿の入った紙袋を忘れて降りてしまった。はっと気がついたときには、タクシーは既に走り去っており、どこの会社のタクシーかもわからない。むろん、ナンバーなんて覚えているわけもない。真っ青になった。金で買い戻せるものならばともかく、みんなの苦労の結晶である生原稿である。謝ったとて、それですむ問題ではない。どうしようか。といっても名案はなく、下宿の電話を借りて、電話帳を頼りに片端からタクシー会社に問いあわせるしかなかった。仲間には伏せたまま、食事もしないままで下宿に待機すること一日。一社から電話があり、それらしき紙袋を保管しているので確認に来いという。そのときの嬉しかったこと。遺失物係の窓口に、すっ飛んで行ったのはもちろんである。係員が無造作に出してくれた紙袋が、本当に輝いて見えたっけ。助かった。あまりの嬉しさに、窓口の様子などは何一つ覚えていない。そんなわけで、掲句の作者が遺失物を受け取りに行ったのではなく、探してもらうために行ったことがすぐにわかった。『伊月集』(1999)所収。(清水哲男)
出典:longtail.co.jp

惜春のサンドバッグにあずける背

季語は「惜春(春惜しむ)」。「暮の春」「行く春」と大差はないが、詠嘆的な心がことば自体に強くこもっている。一種物淋しい悼むような情を含む、と手元の歳時記の解説にある。そういえば、木下恵介に『惜春鳥』という男同士の物淋しくも切ない友情を描いた作品があった。おそらくは、夕暮れに近い日差しが窓から差し込んでいるボクシング・ジムである。トレーニングに励んでいた若者が、束の間の休息をとるために、今まで叩きつづけていたサンドバッグにみずからの背をそっとあずけた。よりかかるのではなく、あくまでも「そっと」あずけたのだ。その様子には、さながら相棒のようにサンドバックをいとおしむ気持ちがこもっており、心地よい疲労を覚えている若い肉体には、充実感がみなぎっている。そんな光景を目撃したか、あるいは思い描いた作者は、その若者の心身のいわば高まりのなかに、しかし早くも僅かに兆しはじめている衰亡の影を見て取ったということだろう。そのことが行く春への思いを、もっと物淋しい「惜春」の情にまで引き上げたと言える。この「惜春」と「サンドバッグ」の取り合わせは、なかなかに秀抜な絵になっていて、私はすぐに、ちばてつやの描いた名作『あしたのジョー』の一場面を思い出したのだった。『伊月集「梟」』(2006)所収。(清水哲男)
出典:longtail.co.jp

さっきまで音でありたる霰かな

霰(あられ)は地上の気温が雪が降るよりわずかに高く、零度前後のときに多く見られるという。激しい雨の音でもなく、そっと降り積もる雪でもなく、もちろん雹の賑やかさもなく、霰の音はまさにかすかなる音、かそけき音だろう。そのささやかな音がいつの間にか止んでいる。それは雪に変わったのだろうか、それともあっけなく溶けてしまったのだろうか。作者は今現在の空模様を問うことなく、先ほどまでわずかにその存在を主張していた霰に思いを傾けている。霰というものの名の、短命であるからこその美を心から愛おしむように。蛇足ながら雹との違いは、直径2~5mmのものを霰、 5mm以上のものを雹と区別する。まるでそうめんとひやむぎの違いのようだが、俳句の世界では、霰は冬、雹は夏と区別される。雷雲の中を上下するうちに雪だるま式に大きくなるため雷雲が発生しやすい夏に雹が降るというわけらしい。〈傀儡師来ねば死んだと思いけり〉〈ふくろうに聞け快楽のことならば〉『伊月集 梟』(2006)所収。(土肥あき子)
出典:longtail.co.jp

新大久保の大根キムチ色の空

横浜に住んでいて昔ながらの繁華街伊勢佐木町はかなり東南アジア系の店が増えていることを実感する。最初はおっかなびっくりでなんとなく敬遠していた異国料理の店もそのうちみんな抵抗なく通うようになる。新大久保もそうだ。風俗系の店が多い印象だったのが、今や人気のある韓国料理の店に行列が出来ている。大根キムチの色の空は夕方かな。白い雲に夕焼けが薄く滲んでいる。この大根が季語かどうかなどという論議は無用。そもそも日本的なるものが無国籍のはちゃめちゃな面白い情緒に姿を変える。そこでも俳句はちゃんと生きていける。そういう主張とエネルギーに満ちた句だ。俳句マガジン「いつき組」(2011年12月号)所載。(今井 聖)
出典:longtail.co.jp

空蝉となるべく脚を定めけり

空間にある事物を自分の「知」のはたらきで感じ取り構成していく。俳句の骨法の大きな要素。地球上でこんなに人間が横暴に好き勝手しているのにその面倒にもならずそればかりか人間に「名指し」で妨害されても自分の力で必死に暮らしている鳥や虫たちがいる。雀や燕やカラスをみると胸が熱くなります。虫もそうだなあ。この空蝉も神の造型を感じさせる。『平成俳句選集』(2007)所収。(今井 聖)
出典:longtail.co.jp

まとめ

俳人の夏井いつきさんのプロフィールや経歴、作品集についてまとめてみました。

激動の人生を歩みながらも俳句への情熱を絶やさず、現在もなお精力的に俳句を広める活動をされているというのは尊敬に値します。

夫である加根光夫さんのサポートも非常に力になっているでしょうね。

作品からは「毒舌俳句先生」にふさわしい豪胆さと繊細さがにじみ出ているようにも感じます。

今後もその毒舌を武器として、ますます活躍していただきたいですね!

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